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ストーリーズ2022/03/17HUMAN
愛する家族を支えに、 諦めず頑張ってきた25年。

愛する家族を支えに、 諦めず頑張ってきた25年。

UTスリーエム

熊谷 勉

PROFILE

ブラジルで生まれ育ち、22歳のときに来日。23歳でUTスリーエム(当時 スリーエム)に技術職として入社。ラインリーダー、エリアリーダーとして数々の現場を経験。2017年から一般職の課長として複数の派遣先の管理を担当。

Introduction
入社以来、若くしてリーダー職を任され、製造現場立ち上げなど、多くのお客様の事業所に貢献してきた熊谷勉。日本語力を高め、日本の文化に馴染みながら、責任ある役割を引き受けて成長してきた、その原動力とは。

22歳で日本へ。乗り越えてきた言葉の壁。

22歳で日本へ。乗り越えてきた言葉の壁。

母が育った日本で働きたい。そう思って22歳で来日。製造現場の仕事を1年経験した後、スリーエムに入社しました。最初は一般の作業を担当していましたが、半年経ったときに、上司から「リーダーをやってみないか」と声をかけていただきました。それまで自分にリーダーの経験はなく、ブラジルでも学んでいたとはいえ日本語にもまだ自信はありませんでした。でも、やってみなければわからないと、そのチャンスを掴みました。

苦労したのは、やはり最初は言葉です。リーダーとなると、お客様と打ち合わせで会話する機会が増えます。最初はわからない言葉を必死でメモして、後で質問していました。やると決めたら、私は目標の達成を諦めません。お客様の担当者も私の真剣さを信頼してくださり、親切に教えてくださったことには本当に助けられました。

それからはお客様の各地の事業所に赴任して、UTスリーエムのメンバーが請け負う製造現場の責任者として働きました。あるときは、インドネシアの事業所でのラインの立ち上げを長期出張して担当したこともあります。英語も日本語も通じない現地の方に、絵を書いて指導したり、インドネシア語の本を買って勉強したり、言葉の壁を越える経験をしました。

私がいちばん大事にしてきたのは、人と人とのコミュニケーション。文化の違いのあるいろいろな人と話す経験をして、伝える力はついたのだと思います。相手の言いたいことをまずしっかり聞くことを心がけています。

念願の住まいを持つことができました。

念願の住まいを持つことができました。

そして2017年からは技術職から一般職の課長になり、複数の派遣先を管理するようになりました。今度は現場で頑張る日系人メンバーやリーダーに、私が経験してきたことを伝えるのが、私の仕事となっています。日本は会社のルールなどもしっかりしているので、ブラジルとは考え方が違うところもあり、はじめのうちは戸惑うメンバーもいます。そんな時にやはり大事なのは、文化の違いで気持ちが行き違うことのないように意思疎通をサポートすることです。

「いい人材を派遣してくれているよ」
「よく対応してくれています」

お客様からUTスリーエムのスタッフを褒めていただくときがとても嬉しいです。人間関係が良く、やる気を持って働ける環境をつくっていけるようにサポートします。私自身、仕事はいつも新しいチャレンジをするようにしていて、そういうときのほうが自分は生き生きとしている気がします。これからもチャンスをいただけるときは、しっかり応えていきたいと思います。

ここまで仕事を頑張ってくることができたのは、家族の支えがあったからです。妻と二人の娘たちのために家を持つことをずっと目標にしてきて、昨年、それが実現できました。リビングで家族一緒に過ごすときが幸せです。いつか、妻とカフェを開いてみたいという夢も持っています。まだまだ頑張っていきます。