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アイツの人生酒場

あの子、ひとりでなんとかやってるんだって。

今夜のお話

あの子、ひとりでなんとかやってるんだって。

今夜のお客さん あの子のご両親

結婚25年、いつも一緒の仲良し夫婦。ひとり暮らし経験がなかったため、“あの子”(娘)のひとり暮らしは本人以上にふたりの方が不安だったものの、余計な口出しをグッと堪え「好きにやんなさい」と見守った。

1杯目

いきなり「高校を辞めて、パティシエになるんだ」って。

あの子の二十歳に乾杯!
僕らの子育て
ひと段落にもね!乾杯!
大将
なによ、今日はお祝い?
娘がね、今日
「二十歳の集い」なんだ。
僕らでいう成人式ってやつ。
お昼に式典があって、
夜は同窓会らしいから、
ふたりで飲みにきちゃった。
大将
それはおめでとう。
子育て、山あり谷あり
だっただろうねぇ。
まぁ子どもなんて
ずっと子どもよ。
今朝も髪飾りを
急に変えるって言い出して
大騒ぎしたんだから。
あの子、昔から
急に思い立つし、
一度言い出したら聞かないから。
大将
はは。親の想いなんて 
そんなもんだよな。
一緒に暮らしてるんだっけ?
ううん。16歳で専門学校
行ったときからひとり暮らし。
大将
16歳からか。しっかりしてるねぇ。
それがね、そのときも
大騒ぎだったんだから。
急に「パティシエになる!」って
高校に退学届を出してきたのよね。
そうそう。高卒資格の
取れる製菓の専門学校も
調べてきて、上京するって。
大将
学校辞めてひとり暮らしして、
専門学校か。行動力あるなぁ。
よほどやりたい夢だったんだ?
それがねえ。
入学して1年半くらいで
「やっぱ違うかも」って。
お菓子づくりは好きだけど、
仕事にはできないかもって。
周りは少しずつ就職先を
探し始めている時期だったから。
親としても焦ったよね。
2杯目

エンジニアになって、仕送りももう要らないんだって。

大将
急にパティシエの道を辞めて
それからどうしたの?
最近の専門学校って、
就職支援も手厚いんだよ。
先生と相談して、
製造業の工場で働くのを
提案してくれたんだ。
派遣だから、その気になれば
いろんな仕事を経験できるって。
大将
パティシエから技術職か。
それは大きな進路変更だね。
でも、手先が器用だし、
なにかをつくるってことに
関しては得意だから、
それが向いていたみたい。
次はエンジニアになるんだって
勉強して、同じ会社の中で
エンジニアの職場に
異動したんだって。
大将
また次の目標を見つけたわけか。
じゃあ今は
エンジニアをやってるんだ?
そう。お給料も上がったみたい。
いつの間にか私たちからの
仕送りも要らなくなってね。
独り立ちだなぁって、
あのときは思ったわね。
そうだね。
ちょっと寂しくもあり、
だったけどなぁ(笑)。
3杯目

自立して仕事して、今は自分の趣味が楽しいんだって。

大将
じゃあ今は
エンジニアとしてより成長を
目指して頑張ってる感じか。
素敵じゃねぇか。
うん。同期入社で
お友達もできたみたいでね。
近場だけど、旅行に行ったりして
いつも楽しそうよ。
旅行を趣味にしたい!なんて
言ってたね。将来は
海外に一人旅したい、とか。
昔から、
やりたいようにやんなさいって
言ってきたからね。
あの子がやっていて
楽しいことを見つけてくれるのは
私たちの一番うれしいことよ。
大将
なるほどな。
娘さん、自分のやりたいことを
自分で見つけたってのが素晴らしいな。
まあ、パティシエはすぐ
辞めちゃったけど。
大将
当時は本人なりに、挫折や
葛藤があっただろうよ。
でも一度何かをあきらめても、
その先で道を模索したら
また新しい道があるもんだよ。
そうね。パティシエはあきらめても
ほかのすべてを投げ出したり
しなかったものね。
大将
そうそう。
最初に決めた道だけが、
正解ってわけじゃないからな。
でも、独り立ちはうれしいけど
たまには親のことも
かまってくれないと寂しいね。
そうだね。その代わり
僕ら、これからたくさん
ふたりで飲みに来ようか。
まだ娘のことも語り足りないし。
大将にもまだたくさん
娘の話を伝えたいね。
大将
わかった、わかった。
ふたりの子離れのほうには、
まだ時間がかかりそうだな(苦笑)。