いいお店には うまい酒と いい話がある おやじ

アイツの人生酒場

あの子、地元に帰ってきたんだって。

今夜のお話

あの子、地元に帰ってきたんだって。

今夜のお客さん あの子のおばあちゃん

地元を愛し、“あの子”(孫)を愛する、おばあちゃん。小さいころからやさしすぎる孫を見守り続けている。孫が県外に就職したときは、寂しさのあまり週2で電話をしようとして家族から止められた。

1杯目

大企業でも満足せず、さらに成長業界を狙ったんだって。

おばあちゃん
ちょっとちょっと、
早く注文取りに
来てくれるかしら?
大将
えっ?びっくりした!
お客さん!?いつ来たの!
おばあちゃん
やあね、さっきから
ずっと座ってたわよ。
大将
そうかい。おばあちゃん、
初めてだね。お近くかい?
そこの川の、西側?東側?
おばあちゃん
そうね。強いて言えば
川のあっち側かねぇ。
たまに孫の様子を見に、
こっちにも来るのさ。
大将
あっち、ね。
お孫さん、仲良しなんだ。
おばあちゃん
やさしくてまじめな子なんだよ。
大将
なにやってる人なの?
おばあちゃん
今はエンジニアってやつだよ。
半導体をつくってるんだって。
すごいでしょう。私には、
難しくてよくわからないけど。
大将
頑張ってるんだ。
おばあちゃん
そう、とっても頑張り屋さんなの。
派遣で大企業に行ったんだよ。
でも成長業界の仕事が
したいって、さらに勉強さ。
大将
おばあちゃん、まさか孫自慢の
ためだけに来たな(笑)?
まあいいよ。続けようか。
おばあちゃん
勉強して、別の工場に
移ったんだよ。その時期、
私に介護が必要になってね。
わざわざ地元に戻るって
言ってくれたんだ。
大将
やさしいお孫さんなんだね。
2杯目

地元に帰れても、勉強をつづけてたんだって。

大将
それでお孫さんは、
介護のために実家に戻ったの?
おばあちゃん
そうね。でもこっちでは
働く場所は限られるから、
まずはエンジニアになるための
研修施設で勉強するって。
大将
スキルを身につければ、
働く場所の選択肢は増えるもんな。
おばあちゃん
そうそう。
それで勉強してから、
地元に帰ってきたってわけさ。
大将
よかったじゃねぇか。こっちの
いい職場で働けるように
なったんだ。
おばあちゃん
私もね、孫に会うまでは
絶対長生きするぞ!って。
耐えたわよぉ〜!
大将
なに言ってんの、
今もこうして元気だろ!
おばあちゃん
うふふ……(笑)。
戻ってきてからも本を読んだり、
会社の研修に参加したり。
やさしい子だから、
いい仕事にも就けたし、
こっちで結婚もしたんだよ。
大将
そうかい。いい話だ。
でもね、おばあちゃん。
お孫さんはやさしいだけじゃない。
ちゃんと努力をし続ける人だよ。
3杯目

努力家だったから、Uターン後も仕事をつづけられたんだって。

おばあちゃん
やさしい子だよ。
ずっとそばにいてくれたし、
これからも私がそばにいなきゃ。
大将
うんうん。でもそれだけじゃ、
Uターンや出世って、
叶わないって思うぜ。
おばあちゃん
あら、そうかい。
大将
さっき地元だと働く場所が
限られるって言ってただろう?
Uターンしても、望む仕事に
就けない人って大勢いるんだぜ。
おばあちゃん
大変なんだねぇ。
大将
それでもお孫さんは、
大手に行けたし、地元に帰れた。
慢心せずに学び続けた結果だ。
そこも知っててやんなよ。
おばあちゃん
たしかにそうね。
そこもちゃんと褒めて
やるべきだったねぇ。
大将
もちろんその背景には、
おばあちゃんに喜んで
ほしいっていう、やさしい想いが
あったはずだけどね。
おばあちゃん
そう聞いたら、
孫のことがいっそう
誇らしく思えてきたわ。
大将
よかったな。帰ってきてから、
いっそう仲良しだろ?
おばあちゃん
そうね。仕事も頑張ってるし、
もう私が見守ってなくても
いい時期なのかもね。
大将
かわいい孫も、
独り立ちするもんさ。
おばあちゃん
ありがと、大将。
今日は楽しかったわ。
また来年のお盆、
この席予約しといてちょうだい。
大将
お盆に?いやいや、近いうち
お孫さんと一緒に……って
アレ?おばあちゃん?いない?
大将
川のあっち側……か。
まったく、
孫思いなおばあちゃんだ。
あっちの世界でも元気にな。