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U-LIFE

2021/03/26HUMAN
街やオフィスに欠かせない、昇降機を究める。

街やオフィスに欠かせない、昇降機を究める。

水戸エンジニアリングサービス

渡邊 丈夫

PROFILE

化学メーカーの製造職を経て、2006年、28歳のときに水戸エンジニアリングサービスに中途入社。エスカレーターの製造に12年携わったのち、エレベーターの製造部門に異動。2020年からは約30名のスタッフを束ねるチームリーダーを務める。

Introduction
エスカレーターの製造を12年続け、スキルもすっかり安定してきた頃、構造のまったく異なるエレベーターの現場に異動となった渡邊。1から知識を学んでいく中で、新たに芽生えてきた製造技術者としての目標とは?

日本に一台しかない加工機械を操るまで。

INTERVIEW 01
日本に一台しかない加工機械を操るまで。

高校を卒業して首都圏の化学メーカーに就職しました。担当していたのは、ポリエチレン製品の原料の製造です。そこで10年勤めた頃に、転機が訪れました。大手電機メーカーに勤める父親が単身赴任となり、母親が一人で祖母の世話をすることになったのです。それだけでも心配ですが、茨城県の実家には田んぼがあり、農作業の人手が足りません。いずれは……と考えていたので実家に帰ることにして、いまの職場に転職しました。
入社から約12年間は、エスカレーターの製造部門で、お客様が乗った時に見える意匠品部材や足元の階段状の“ステップ”と呼ばれる部品などを製作していました。
中でも難しいのは、意匠品部材の一つである、乗った時に掴む“ハンドレール”の始点と終点にあたる曲線や半円で構成されている部分です。
約4メートルの金属材料を一気に曲げるのですが、その作業に使う機械は、専用に製造された特殊な機械で、実践の中で先輩から教わりながら、さまざまなエスカレーターに合わせる形で、設計図面通りの曲線をつくっていきます。
「うんうん。これならもう渡邊に任せても大丈夫だな」
先輩からお墨付きをもらうまでに3年かかりましたが、難易度の高い作業を任され、一つ一つしっかり仕上げていく充実感は言葉になりません。そんな私に、エレベーターの製造部門への異動辞令が出たのは、2019年のことでした。

30名のスタッフを束ねるチームリーダーとして。

INTERVIEW 02
30名のスタッフを束ねるチームリーダーとして。

昇降機というくくりは同じでも、エレベーターとエスカレーターでは、構造からまったく異なります。最初の1年間は、エレベーターを基礎から理解するための勉強を重ねました。例えばアクション映画などで、主人公がエレベーターのハコの外側に乗ったり、ぶら下がったりするシーンがあります。でも、実際は細かい部品がぎっしり配置され、人が入れるようなスペースはありません。あれはあくまで撮影用のセットだったということも初めて知りました。
私が担当しているのは、プラットフォームと呼ばれる、エレベーターの床部分の製作や安全装置の組立です。20代から50代までの個性もスキルもバラバラな約30名のスタッフが在籍している職場です。2年目の夏からその職場のチームリーダーを任せられました。まずは安全第一で誰1人としてケガをさせないために、小さな危険の芽をいかに事前に摘んでいけるか。他にも法令遵守、品質維持等々、管理者としてやらなければならないことは多いですが、現場を歩き回って、全てのスタッフの声を聴くことが大切だと考えています。
私個人としての目標は、エスカレーターとエレベーター両方のスキルを身に付け、マルチに活躍できる製造技術者になることです。そのためにはエレベーターに関する知識や経験をまだまだ積み重ねていかなければなりません。この業界は機種のモデルチェンジが多く構造等の変更点も多いですが、基礎となる構造をしっかり理解しておけば、製造視点で開発段階から自分のアイデアを提案することもできます。
「あのエスカレーターも、このエレベーターも、オレたちがつくったものだ」
昇降機は日常生活のいたるところにあるので、その分だけ成果がよく見えますし、自信にも繋がるんです。